第12回 お母さんになったクラスメート
「私もお母さんになるの」
全員が全員、20代前半のクラスメートたちは、母であり妻であり学生である私のことを、それぞれに理解(同情?)してくれているようで、私がどうしても家をあけられない時は、我が家でパワーポイントでの資料づくりをしたり、親子ともども風邪で倒れた週にはノートを届けてくれたりととても親切だ。
なかでも、アメリカ人のアレクサとは特別に通じ合うものがある。というのも23歳になる彼女は、大学院に入学したと同時に妊娠したのだ。
今でもハッキリ覚えている。最初のクラスの後、たまたま帰りが一緒になった私達がお互いのプライベートに触れた時のこと。私が子持ちと知った彼女は、一瞬安堵の表情を浮かべ、
「私も来年おかあさんになるの」と言った。
「だいじょうぶだからね」
後期に入って彼女は、学業の負担を半分に減らすため、フルタイムからパートタイム学生に切り替えた。それによって彼女と顔を会わす機会は週2回から1回に減った。
ご主人はイギリス人の外科医。本人も健康そうだし、ヨーガに通ったりしながら妊娠中の体力づくりにもしっかり励んでいて、一見なんにも問題はなさそうなのだが、彼女は毎週の授業で私を見つけるたびに「ちゃんと産めるかしら?」と聞く。
そのたびに私は、おまじないのようにアレクサのやわらかいお腹にそっと触らせてもらいながら
「だいじょうぶだからね、おかあさんちょっと心配しているみたいだけど、一番いいカタチでやってきてね」とこころのなかで声をかける。
そうやって毎週毎週、アレクサに、アレクサのお腹に、そして実は誰でもない私自身に「だいじょうぶだよ〜」を何度となく言い聞かせてきた。
男子学生たちにも影響が
そのうちに、見えない変化がクラスにもあらわれてきた。それまではまだ若いせいかアレクサの存在にまったく無関心だった男子学生たちが「アレクサのお腹だいじょうぶそう?」と私にたずねてきたり、アレクサに「お腹に手をおいてもいい?」と聞くようになった。
しまいには、国際保健に関する授業でのグループワークのテーマに‘アフリカにおける自宅出産について’を選ぶまでになった。男子学生も、身の回りに妊婦さんがいると、自然とお産に興味が出てくるのだろうか。
生まれた!
2日前、朝起きてパソコンを開けると、
「おかげさまで今日大きな女の子が生まれました!」
という喜びのメールがアレクサのご主人から届いていた。
「やったー!」と私はひとり叫んでしまった。またひとつ新しい命がこの世に生まれた。
さっそく他のクラスメートたちにも連絡をすると、そのうちの一人から、
「アレクサの大きなお腹に触れたことで、大学院で学ぶことが机上の空論に終わらず、つねに現実感を与えてくれてきた気がする」と返ってきた。
社会に戻すための、学問
ほんとうに彼の言うとおりだと思う。いくらすごいことを勉強しても、難しいことが解っても、それが日々の日常にいかせなくては、たぶん意味がない。というか、もったいない。
せっかく学ぶ機会を与えられているのだから、社会に戻すことをイメージしてこれからも学生を続けていこう。そんな勇気をあらためて感じさせてくれたアレクサに、こころから‘ありがとう’と伝えたい。
そして彼女が大学に復帰した暁には、彼女の押すベビーカーの横で、私は娘を遊ばせながら本を探していたいもんだなぁと思った。
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木村章鼓(きむら あきこ)
ドゥーラ(産婦とその家族を支援する女性、というような意味)有資格者。
2年間の課程を修了し、SBTA(スコティッシュ・バース・ティーチャーズ・アソーシエーション)認定、産前産後教育者としてバース・リソース・センターにて、妊産婦向けの講座を受け持つ。 エジンバラ大学大学院 医療人類学修士号取得。UK在住。
スコットランドはUKの一地方であり、独自の文化をもつ。 面積はイギリス全体のおよそ三分の一を占める。ケルト文明の影響も色濃く伝説や神話が豊かに語り継がれている。
街角やレストラン、空港などで、タータンチェックの民族衣装(プリーツスカート)を身にまとったおじさまが、重そうなバグパイプを肩から下げ、のっしのっしと 歩く姿はスコットランドならではの光景。
エジンバラは街全体がユネスコの世界遺産にも登録されている。「UK」(United Kingdom=連合王国)は、イングランド、スコットランド、ウェールズ およびアイルランドから構成されている。詳しくは、スコットランド総領事館のHP もしくは英国大使館のHPをご覧下さい。
